STORY:役人町の町家 03

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京町家は、「京都らしさ」の代名詞のひとつ。
世界中の人が「美しい」と感じる町並みは、京町家が建ち並ぶエリアにあります。

「京町家はすてきだと思うけど、冬は寒そうだし住むのはちょっと……」。

前回の記事で、「京町家が消えていく理由のひとつは『経済合理性』」だと書きました。もうひとつ、理由を挙げるなら「京町家は住みにくい」と感じる人が多くなっているせいだと思います。カフェ、町家ゲストハウスなど「京町家のレトロさ」は人気ですが、「住まいとしての京町家」はなかなか敷居が高いようです。

でも、ちょっと待ってください。
「寒そう」「不便そう」だけで敬遠されてしまっては、京町家の立つ瀬がありません。

今回は、「役人町の町家」の設計をした、「住まいの工房」代表・松井薫さんは「京町家には平安時代から、先人が育んできた智恵が詰まっている」と言います。

「たしかに、冬は多少の“すきま風”が入りますが、夏の京町家にはマンションでは味わえない心地よさがあります。京町家は、人の暮らしが自然に調和するようにうまくできているんです」。

京町家を純正なかたちで残したい」という信念のもと、数多くの京町家の再生を手がけてこられた松井さんに「役人町の町家」の設計に込めた思いを伺いました。

「京町家」として残すために必要なこと

前回の記事でも触れたとおり、「役人町の町家」は「京都市歴史的建築物の保存及び活用に関する条例」による対象建築物として申請を行い、無事に指定を受けることができました。なぜ、この条例の対象建築物として指定を受けることが必要だったのでしょうか?

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松井さん 現行の建築基準法では、京町家の壁や柱の耐震性は足りないということになります。また、住宅から宿泊施設に用途変更することに伴う改修も求められます。消防・防火のために天井を不燃材にして、延焼の可能性のあるところには防火扉を……ということになってくると、それはもう京町家ではなくなってしまうんです。

建築基準法の適用を除外したことにより、「役人町の町家」は京町家本来の機能を残して改修することができました。たとえば「おくどさん(かまど)」。「役人町の町家」には、スペースの大きさから見て3つ以上のおくどさんがあったと考えられています。今回は、3つのおくどさんを復元する予定。ちなみに、薪を使っておくどさんで炊くごはんは、「役人町の町家」にテナントとして入る飲食店で提供されるそうです。食べてみたいですね!

町家には”独立したライフライン”がある

おくどさん、井戸、そして天窓からの採光と風通し。そもそも京町家は、一軒ごとに独立したライフラインを備えた住宅でした。松井さんは、おくどさん以外のライフラインの復元も視野にいれています。

松井さん 京町家は「火・水・土・木・風」をうまく取り込んで独立したライフラインを持っていました。そのライフラインを復元すれば、万が一の災害で都市のインフラが切れてしまっても、井戸で水を汲んで、おくどさんで料理をし、天窓からの光もあるので、昼間ならいつも通りに生活することができます。

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復活させた井戸の水は、太陽光発電で動く汲み上げポンプを使い、庭の散水などに使う計画もあるそう。太陽光発電はいわば「天窓からの太陽光利用の現代版」。先人たちが天窓から太陽光を取り込んでいたように、身近な太陽光エネルギーを取り入れようというアイデアです。

しかし、現代では家の敷地内にある太陽光エネルギーの利用にも、電力会社とのさまざまな手続きが必要になります。「現代版のエネルギー自給はなかなか難しい話になるね」と、松井さんもちょっと苦笑いです。

松井さん なかなか一筋縄ではいかないけれど、まずは元に戻した京町家に触れてもらう、じっくり過ごしてもらえば、徐々にわかってくる良さがあると思うんです。本当は、暮らしながら感じてもらうのが理想的。でも、京町家の良さを引っ張り出して強調することで、短時間の滞在のなかで伝えられるのではないかと思っています。

「役人町の町家」にも、「京町家の良さを強調する」工夫が行われているそう。いったい、どんな工夫をされたのか、ちょっと詳しく聞かせていただきましょう。

町家空間をつくる「自然素材」を強調する

松井さんは、「京町家(あるいは日本の木造建築)の内部空間の本質はふたつある」と言います。ひとつは、内部空間の空気が絶えず動いていること。

松井さん 現代の密閉性の高い住宅では、自然な空気の動きがないので、空気が重たくなってしまいがちです。京町家の構造には、空間内部の空気を絶えず動かすしくみが備わっていますトップライトとして光を取り込むと同時に、室内の熱を外に逃がしている天窓。空洞になっている床下でも空気は動きます。中庭(坪庭)もまた、建物内部に空気を生むことに一役買っています。

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もうひとつは、自然素材によって空気が清浄に保たれることです。

松井さん 京町家は、突き詰めると木と紙と藁と土の4つの素材からできています。床や柱に木を使い、障子や襖には紙を張りますよね。土壁は、土と水に藁を細かく刻んだ「すさ」を寝かせて発酵させたものを、竹と縄で編んだ「竹小舞」につけていきます。また、藁は畳床にも使われてきました。これらの自然素材は室内の空気を出し入れするので、湿度を調節し空気を清浄に保つ作用があるんです。

木の柱は、湿度に合わせて「柱1本につきビール瓶1本分の水分」を吸ったり吐いたりすると言われています。また、障子の紙なども湿度の高い季節には、重くなるほどに湿気を吸い取ってくれます。これらの自然素材の力によって、京町家の室内湿度は年間通して50〜60%。蒸し暑い夏でも、京町家に入るとすっと涼しく感じるのはこのためなのです。

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松井さん 今回は、藁の力を際立たせるために「ストローベイル」という藁のブロックをどこかに取り入れたいと考えています。ストローベイルは防音・断熱効果も大きいのですが、すごく空気を清浄にするんです。空間に入ったとたん、きれいな空気に包まれているなーということを実感できると思います。

もうひとつは、宿泊者用の「檜のお風呂」。腰から上の壁と天井も檜で張る、贅沢なお風呂がつくられる予定です。檜の木肌にダイレクトに触れ、檜の香りに包まれるバスタイム。すっかりリラックスしたお風呂上りの五感なら、町家空間を構成している自然素材の良さをより深く捉えられそうです。

「手間」にこめられた思いを伝えていく

京町家は、構造材(柱)や壁がそのまま見える状態で仕上げられる「真壁づくり」という工法でつくられています。つまり、「どんな材を柱として選んだのか」「美しく加工できているか」が、人の目にさらされ続けるというわけです。さらに言えば、加工の良し悪しから「カンナやノミなどの道具を大事にしているか」までがあらわになってしまいます。

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松井さん 壁も同じです。次に塗りなおす時には、土をうまく調合できていたかどうか、下地の具合から仕上げのコテさばきの良し悪しまで、前の仕事がわかってしまうんです。だから、京町家を改修する職人さんたちは、良い素材を選びていねいに加工して組み立てます。その家があるかぎり、人に見られ続けることを知っているから、手を抜かずに誠実に仕事をするんです。

現代の住宅では、工場生産でつくったボードの上にクロスを張ることが多くなりました。あっと言う間に完成するクロス張りの壁に比べて、土とスサと合わせて寝かせることから始まる土壁は大変時間がかかります。

竹小舞に土を塗りこんで、乾燥させた粗壁のヒビにまた土を塗りこみ、中塗りをして乾かしてから、やっと漆喰などを塗って仕上げとなります。季節によっては乾燥が進まず、工期が1ヶ月以上に及ぶことも珍しくありません。

松井さん 京町家を改修するときには、日にちを決めてスケジュールをつくることは難しいです。木も工場でプレカットしたものをはめ込むのではなく、現場でコンコンとやって一つずつ入れこんでいきますから。かと言って、効率的に改修を進めるために、デザインやエレメントだけを抽出しようとすると京町家は消費されておしまいです。そうなると、元には戻せなくなる。

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私たちは、どうしても「家をつくる」ということに対して、「自分の心地よい空間をつくる」という視点で考えてしまいます。自然の風や光をシャットアウトして、密閉性の高い空間をつくってエアコンで好きな温度に設定する――自分好みにコントロールする空間を「家」だと考えて、暮らしていると言っても過言ではありません。

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一方の京町家は、「自然と調和して暮らしている人間を中心として考えられた居住空間」なのだと思います。そこには、夏の暑さや冬の寒さをねじ伏せようとする考え方はありません。自分の力でどうしようもない、桁外れに大きな自然に対して、暮らし全体で寄り添っていこうとするのが、京都の人が育んできた暮らしの思想ではないでしょうか。

現代の技術や考え方も取り入れながら、「純正なかたち」を取り戻していく「役人町の町家」はこれからどんな場所になっていくのでしょうか。次は、いよいよオープンする宿泊施設やお店についてご紹介したいと思います(つづく)。

 

(取材・文:杉本恭子、写真提供:株式会社いえ屋)